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生態系大学院生。いろんな書きたいことを書いていきます。

自分の平成時代を振り返って。

残り1時間足らずで平成が終わります。

ここまでTwitterやインスタグラムで一切平成の終わりについて言及しませんでしたが、ブログで自分のこれまでの人生を振り返って令和時代の目標を掲げておこうと思います。

自分は平成6年生まれ。

約25年の平成を生きてきました。

既にバブルは崩壊し、物心ついたころには景気はどん底から這い上がるところでした。

中学生になって持ったのは携帯。当時はまだパカパカ携帯でスマホなんてのはありません。中学3年か高校入ったくらいにDシリーズのスライド式の携帯を親に買ってもらって喜んでいたのを覚えています。モバゲーで怪盗ロワイヤルが流行っていて、ミクシィなんかもしてましたね。

スマホデビューは大学から。

Twitterを始めました。最初は大学の友達と交流するためがいつの間にか塾の先生や研究系の方などいろんな方と交流するようになりました。

中学高校時代は出会い系サイトなんて言われてたのが昨今ではSNSで知り合ってリアル世界で会うなんてのも普通だし、恋活婚活アプリなんてのも市民権を得たように感じます。

自分自身について振り返ると、小学2年生で仲の良い友達がスポーツ少年団で野球を始めるからと自分も友達と一緒に居たいがために野球をし始めました。

当時の同期はみな中学で野球をやめ、気づいたらぼくは高校三年生まで野球をしていました。小学校や中学校では弱小で全然勝てませんでしたが、高校では先輩たちのおかげで全国大会や国体なども経験し、自分たちの代でもある程度勝てました。野球に関しては高校時代がとても良い思い出になってます。

小6のとき、父親と小学校休んで東京に。当時なりたかった考古学者吉村作治先生の講演会を聞きに行くためでした。エジプト考古学が当時自分のなかでマイブームでいろんな本を読み漁っていたのを記憶しています。きっかけは小学校の図書館で小4から小5にかけて学校の図書室に常に出入りして図書室にあるほとんどの本を読みました。その中にエジプト考古学の本もあり興味を持ったのです。吉村先生は当時早稲田大学の教授でしたので自分も早稲田大学に行くために早稲田実業を見に行ったのを覚えています。

それがきっかけとなって中学受験をしました。このときの塾の先生には今でもお世話になっております。この中学受験が自分の人生の転機になったと思っています。

結局早稲田実業には行けず、京都の私立中学に通い始めました。ここで出会った友達とは今でも年に数回あっており、ほんとにここに通ってよかったと思っています。ここに通えたおかげで地元では知ることがなかった世界も見ることができました。

高3の夏が過ぎて大学受験が始まったわけですが、ここではあまりがんばることができませんでした。最後は追い込んだのですが、結局志望していた獣医には到底及ばず、次点で興味があった分子生物学、生態学の大学を受けました。結局生態学の大学は落ちて、分子生物学の大学へ。

地方国立大に進学して、そこでは分子生物学をはじめとして細胞生物学や免疫学、有機化学、無機化学など生物・化学を中心に学びました。ここでの学びは今の研究にも大きく役立っています。研究室は分子生物学のラボに入り、タンパク質精製などの技術を身につけました。

大学での生活はとても充実していて楽しかった。東北の大学ということもあり、今まで未知の世界だった東北をいろいろ回ることができてとても楽しい時間でした。ここでも友人に恵まれ、今でも仲良くしています。

分子生物学はとても面白い分野でしたが、朝から晩まで研究室にいる生活に耐えられず、高校の時に興味のあった生態学を学ぼうと大学院ではそちらの分野を選びました。

詳しくは書きませんが、東大院を目指して院試浪人した末にいまの大学院に来ました。浪人時代にお世話になった研究室の方々には今でもお世話になってますし、この院試浪人もしてよかったと感じています。

修士課程では琵琶湖の生物の研究をしてました。ある程度良い成果が得られて、今論文書いてるところです(笑)

そして博士課程へ。

令和は博士課程と共に始まる時代です。これから最後の学生時代、そして社会人として世の中を生き抜き、自分の人生のピークを何度も作る時代になると思います。

令和が終わったとき、令和時代はがんばった。とても充実した。次の時代もがんばるぞ!と言えるような時代を送りたいと思います。

それではみなさん、最後に良い平成時代をお過ごしください。

ぼくは年越しでジムで歩いてきますw

 

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