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生態系大学院生。いろんな書きたいことを書いていきます。

タトゥーと刺青って違うと思う。

 近年、急速にタトゥー(刺青)が若者の間で文化として普及しはじめている気がする。

 タトゥーの歴史を語れるほど何かを知っているわけではないが、海外との距離が近くなったおかげなのか日本人でもタトゥーを彫る人が増えてきている気がする。公務員においては橋本市長が職員にアンケートを実施し、刺青の有無を回答させたことが記憶に新しい。

www.nikkei.com 個人的にはHIPHOPも聞くし、海外ドラマも見る。日本語ラップも聞いているので、タトゥーや刺青に対してそこまで嫌悪感はない。ただ、偏見がないかと言われれば嘘になる。現状でも日本ではタトゥーを彫ることで日常生活に支障が出ることは容易に想像ができる。例えば、温泉やプールなど公共の場でタトゥーを晒すことが禁止されている場所は多い。これについてたびたび若者で既にタトゥーを彫っている方から問題提起されている。

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 ここでしっかりと分けて考えなければいけないのが、日本には”刺青”と”タトゥー”があるということだ。日本では海外とは別に和彫りと言われるタトゥーがある。古くからあったと推測されるが、少なくともここ100年においては反社会的勢力の象徴として日本人は認識していると思われる。そのため、反社会的勢力の排除を考えるとまず刺青の入ってる方はお断りするというのは方法として理解しやすい。

 近年、日本の若者において普及しているのは”タトゥー”であって、”刺青”ではない。じゃあタトゥーと刺青を区別することができるのだろうか?自分は難しいと思う。和彫りと洋風の刺青=タトゥーの境目ははっきりとはないだろうし、いちいち中身を確認すること自体が難しいと思うからだ。

 海外では普通にタトゥーを嗜んでるという主張もあるが、個人的な経験の範囲では、確かに入れている人もいるが、入れていない人も多いということ。海外の友達にも聞いたことがあるが、誰もが入れているものではないと言っていた。欧米でも地域によってはもっとカジュアルなのかもしれないが、少なくともぼくらがテレビなどで見るある程度の地位にある方々に入ってることは少ない。

 以前、Twitterのフォロワーさんでタトゥーを入れている方がいて、タトゥーについて発言したところ、かなり反発をもらい、結局ブロックされた。

 内容的にはタトゥーを入れている人に対して、個人的にかなり警戒感をもって接すると呟いた気がする。これに対して偏見をなぜするのか、タトゥーを入れていても普通の人はたくさんいるといろいろ言われた上にブロックされた。

 自分は親が建設系であることから元○○の方とも接したことがあるしそれこそ腕から背中から入ってる方とも接したことがある。海外経験も日本人平均よりはあるし、タトゥーが入ってる人と付き合ったこともある。そこらの日本人よりはタトゥーに対して偏見は少ないと思うが、これだけ接してきてるからこそ警戒感を持って接する。

 タトゥーが入ってない人でも近づいてはいけない人がいるが、入ってる人がそういう人である可能性は確率的に前者より高いと感じている。これは偏見である。しょうがないのだ。偏見は良くないと言うが、人間はみな自分の経験に基づき主観を持つ。これはどこまでいっても偏見になると思う。

 タトゥーを入れる入れないというのは個人の自由だし、それ自体が悪いことではない。しかし、前述のニュースのように、日本社会におけるデメリットを承知して後天的にタトゥーをいれた人々がデメリットに対しておかしいと声をあげている。自分たちの自由のために他の人の自由を侵していると認識せずに。

 銭湯系はタトゥー禁止ではないし、サウナにおいてもタトゥー禁止ではないところがある。プールも然り。外国人への需要も鑑みてそういう管理にしているところに行けばよいのであって、わざわざ禁止されているところを「なんで禁止にしてるの!!」という必要はないのだ。そういうデメリットは承知の上で入れただろうに。

 今後、タトゥーを入れる人が増えて、反社会的勢力の象徴として考えられてきた刺青が文化として薄れてきたとき、恐怖感とか文化の壁が無くなって、タトゥーをいれた人たちでも過ごしやすい社会が来るのかなと思う。

 ただ、今ではない。そしてその社会が近い将来来るかどうかはタトゥーを入れた人たちの行動次第だと思う。タトゥー禁止のスーパー銭湯などでタトゥーが入ってる方をよく見るうちはまだまだ来ないのかなあとも思う。

祭りの季節がやってきた。

 祭りの季節がやってきた。

 ここ秋田は花火が身近なのか町の夏祭りとかでも花火が上がっていたりして、冬以外の時期は常に週末どこかで花火があがっているといっても過言でない地域だ。

 ぼくは祭りが苦手だ。すこし嫌いまである。だけどこの嫌いっていうのはほんとは行って楽しい気持ちになりたいという裏返しなのも自覚している。

 自分は中学から地元を離れた。田舎なので普通に小学校の友達はみな地元の中学に進学した。一気に地元が”地元”でなくなった。外で小学校のときの”知り合い”に会うのが嫌になった。

 やはりなんかはぶられてるような気持ちになる。当時自分の小学校では2人だけが違う中学に行った。一人は引っ越しに伴うもので、ぼくだけがわざわざ違う学校に行く状態になったのだ。

 地元の祭りにも親とか行ったが、やはり知り合いに会えばなんだか変な気持ちになった。それから祭りに行かなくなった。親が行っても自分は家で過ごした。

 当時を振り返れば、僕自身にも変なプライドとかいろんな思いがあってああいう態度を取っていた。全部自分が悪いのだ。地元の子たちは良くも悪くも変わってはなかった。

 大学生くらいになって、地元の子たちとたまたま会うことがあった。普通だった。普通だったのだ。別に仲良くなるわけではない。でも普通にしゃべれるくらいに普通だった。自分が幼過ぎたんだと、そのとき思った。

 そうやって自覚したんだけど、いまだに祭りは嫌いだ。人混みが嫌いだとも言ってみるが、東京に旅行しに行ってる時点で矛盾している。あのローカルに根差した感じがたぶん耐えられないのだ。

 県外出身の同期としゃべった。県内出身ばかりのこの組織の中で異様な存在同士、仲がいい。外に出ていけない理由として地元には友達がいるけど、外には友達がいない、この快適な環境にどっぷり浸かってるんだと話した。それはいい悪いじゃない。でも外にうちの県が魅力的かを語るには県外出身でここに住んでるぼくらみたいな存在がもっと増えないといけないんじゃないか?とか話してた。

 でも、心ではわかってる。ぼくらは地元に根差せないから外をふらふらしている根無し草みたいなもんじゃないかと。どこかでローカルに、コミュニティに浸かるが覚悟を持たないといけないと。

 結局ぼくは地元で楽しく過ごしてる”ともだち”が羨ましかったんだと思う。ローカルにきちんと根差して生きている彼らがまぶしいんだと思った。

 祭りの季節がやってきた。

 今年は祭りを見に行くんだろうか。自分がいつか覚悟することを期待したい。

 

恥ずかしい話だけど、お盆というものが世間でどういうものなのかを今年初めて知った。

 恥ずかしい話だけど、お盆というものが世間でどういうものなのかを今年初めて知った。

 お盆自体はわかる。先祖が現世に帰ってくるというので家族みんなで集まりましょうと親の実家に帰省するイベントであることは。

 わたくし、そこそこ歳を取っているオールドルーキーみたいなもんなんですが、これまで祝日というものと疎遠であったため世間が休みというのにかなり鈍感でした。学生の夏休みも大学の雰囲気とかバイトのシフト表提出の期限みたいなのでなんとなく雰囲気を察していました。

 現在、公務員やらせていただいてますが、良くも悪くも公務員は暦どおりなので、今年のカレンダーでいえば普通に14日15日平日なんですよ。なのになぜお盆ということでみんな休み入れてるんだろうか。そういう習慣なんだろうかともやもやしていたところ、お隣の先輩に「民間は15まで休みなんだよね~」といわれて「えっ?」と。工場系はあれだとしても民間の会社さんってお盆お休みなんですね。どおりで平日なのに世間はお休みモードなのかと。

 自分はたまたま定年退職後の方々を相手に普段仕事しているせいか、「孫たち帰ってくるからお盆は空けておかないとなあ」と思い、スケジュール的に余裕もたせていたんですが、有給休暇取得して休んでるわけじゃなくて、普通に休みなんだと。初めて知りました。

 公務員はその代わり夏季休暇を数日いただいてるので、それを充てる方が多いとか。なんかいろいろ特殊と言われる職業ですが、世間とのギャップを感じたオールドルーキーでした。

 ちなみにGWもお盆もフル参戦のわたしですが、民間や世間が休みモードの日は問い合わせも少ないし、庁内にも人が居ないのでのびのびと仕事ができるというメリットがあります。

 一人暮らしで特に遊ぶ相手もいないぼくは周りのご家庭や実家住まいの方がしっかり休んで、家族サービスできるようにカバーさせていただきます。逆にみんなが出てるときにしっかり休むことにしてる。

 数年後には休まないといけない自分になっていることを期待しつつ、滞ってる仕事をバシバシ片づける、そんなお盆にしたいと思います。

 なお、本日から竿灯まつりが秋田市内で始まりました。今週は東北各県でお祭りが一斉に開始されており、コロナ明け初めてで、4年ぶりということからかなりの盛況ぶりです。秋田県においても全国的に大雨被害が報道されたところですが、県内は一部を除いてほぼ復旧し、竿灯祭りが行われているエリアはほとんど影響ありませんでした。

 この機会にぜひ東北に足を運ぶのもよい週末になるかと思います。個人的には竿灯祭りより青森のねぶた祭りや弘前のねぷた祭りをご覧になるのが良いかと思います。

とりあえず2週間いつもより早く寝てみた。

 最近意識し始めたのは睡眠だ。

 働き始めてからは完全に朝型の生活スタイルとなり、大学院生のときと真逆の生活をしている。朝は6時台には起きて、7時に家を出発し、7時40分ごろには職場に行き仕事を始める。これを昨年のGWくらいから11月の冬到来まで続けた。非常に周りに好印象を与えた。

 冬に入ると、交通網が常にマヒしているのもあり、朝も暗いせいか8時10分過ぎに職場に着くぎりぎりスタイルになってしまった。ようやく冬も過ぎ、バス通勤から車通勤に代わった今では7時30分に家を出て、8時過ぎに職場に到着するスタイルになっている。

 いずれにしても6時半ぐらいには起きていたのだが、如何せん寝る時間が常に0時付近で大体睡眠時間が5時間前後となっていた。土日は特になければ寝倒すのだが、それでも解消されずに次の週へと突入していた。

 もちろん朝から眠いし、昼も眠いし、夕方も眠い。初期のころはこれに相まって仕事自体も少なすぎたのもあり、居眠りをよくしていた。仕事はおわって、雑用待機みたいなときにしていたので、周りも全然怒ることはなかったけども、見られた時の印象は悪いと思う。

 今年に入ってから業務量が初期の2倍から3倍になったのもあり、寝ていられる状況でもなくなってきたが、それでも眠いものは眠い。残業はもともとあまり好きじゃないのもあるけども、それよりも眠いし、早く帰りたい気持ちがあって定時にズバズバ帰っていたのだ。もちろんやることはやっていた。

 ここ最近定時に帰るけどももっと勤務時間中の仕事効率を上げたいと思い、改善すべきは睡眠だと辿り着いた。とりあえずYoutubeで睡眠と検索すれば、最近勢いのある筑波大学の睡眠の先生がNewsPicksやらホリエモンチャンネルやらで話している。結局のところ話はシンプルだ。

 ・日本人は睡眠不足

 ・エアコンは夜間つけっぱなしで快適室温で寝ろ

 ・暗く、静かな環境を用意しろ

 ・アルコールカフェインは睡眠の敵

 ・寝具は万人受けはなく、個人的によいものを選ぶ

などなど、とりあえず自分でもできることをしようとカーテン閉めっぱなしで、エアコンつけっぱなしで寝始めた。そして何より先生がどの動画でも協調していたのは

 ・質より量、まずは睡眠時間を確保し、それから質を上げる。

とのことだった。定時以降の時間は短く、やりたいことはたくさんあるけども、それをやっていては結局寝る時間が確保できない。とりあえず自分は寝る時間を最優先に生活をしてみた。

 まず、朝はかなりすっきり起きられるようになった。すぐに行動もできる。職場に着いてから眠くなることがかなり少なくなった。相変わらず17時前後には眠いのだが、これはたぶん単純に集中して疲れてきたのかなと思う。

 まだまだ睡眠負債が常にある状態から脱することは出来てないけども、理想的には21時就寝、6時起床かなと。職場にももっと早くいきたいし、なんなら時差出勤して定時より前に定時を迎えたい。

 とりあえずまだ試し始めて2週間ほど。これから長期になればなるほど効果が出てくると思うので、最優先で寝る生活を送ってみたい。

博士学生が博士号間に合わないから研究じゃない世界に行ってみたらなんかちやほやされた。

 学部から大学院に進学するとき、修士号を取得して博士課程後期に進むときも全く就職は考えてなかった。まわりで博士課程後期まで進んで博士号を目指していた人なんてほんの一握りしかいなかった。そんな中で自分が進んだ理由はシンプルに”取れるところまで取ってみたい”、それだけだった。良くも悪くも自分は好奇心はそこそこに、広範にいろんな分野に興味があり、課題があれば自分の視点からなんとか取り組むことはできていた。

 ただ、執着が足りなかったように感じる。博士2年くらいで頭をよぎり始めた”普通”という言葉。高校の友人たちとは毎年のように年末の忘年会で会っていたが、自分とは全く違う世界を生きている一方で、自分は大学からの連続した生活。もともと世俗から離れた世界でもなく、家族の中でも自分が特異な存在だった。高校の友人たちはそんなぼくを様々な生き方の1つとして興味を持っていてくれたけど、自分はそんな生活を送るにも限界があるなと感じていた。博士課程後期の標準年限である3年が経った時に博士号取得に関わらず、就職しようと心に決めた。

 自分の就活はのんきなもんであった。年齢の壁と研究分野の壁から学部生や修士学生と同じような就活は難しく、結局公務員だけに絞り、志望。幸い、民間も受けようかと思った先に内定が出て就活は終わった。

 社会人が始まって、1年半が経った。

 博士学生やっていたときは毎日時間が余りあるほどあった。

 就職してからは毎日仕事行って帰ったら1日が終わっていた。

 博士学生やっていたときは毎日よくわからない焦燥感があった。

 就職してからは毎日帰ると充実感があった。

 社会人もやって、博士学生もやっていた自分がいま思うことは、博士学生の君たちは大変凄いことをやっているってことだ。毎日”何か”になるために出口の見えないゴールを目指してやりつづけてる。想像を絶するストレスだと思う。自分の周りを見ていても、学部卒や高校卒でそんなことを経験してきてる人は少ない。何も課題がない、解くべき問いがない状態から課題を立てて、解くべき問いを設定し、解き進めることは非常に社会で仕事をする上でも役に立つ。

 自分は博士学生としては最底辺だったが、昨年の人事評価では最上位をいただいた。ネット情報では上位5%くらいになるらしい。やったことは博士学生の時に比べればなんてことはない。ルーティンワークでは効率化や表現の変更など他部署にも話を聞きながら進めた。そのうちあぶれた不良債権の事業も任された。ゴールが決まっている。どうしたら実行できるか先輩たちに聞きながら過去の事例を探して、実行した。

 こんなことは論文読みながら他の研究室の実験技法とか見つつ、前例踏襲しつつ、組み合わせて最適だと思われる形を模索する、博士学生がよくやっていることだ。

 博士学生やってるとみんなやっていることで、特にすごいことでもない。

 でも社会ではそうじゃなかった。もちろんよく仕事をこなしている人はできていることだけど、みんなが簡単にやってることではない。すごい価値があると周りは認めてくれる。

 自分がこれからどうしていくか、研究の世界とはどう向き合っていくか、今の仕事を続けていくかなどいろいろ考えていることはあるけど、まずは博士学生から社会人になって「自分がこの世界で生きている」という実感が湧いた。これだけでも就職をきめてよかったなと思う。

 

 ここまで小難しく書いてみたんだけど、ざっくばらんに言えば、自分は就職して健康診断の数値は驚くほど改善したし、普通にしてるだけで周りは喜んでくれるし、実家に帰れば親に還元できるし、自己肯定感もより強くなった。仕事をしてお金をもらうっていうこと自体がどれだけメンタルヘルスに効くねん!って思った。これも大卒から当たり前のように就職していたら感じられなかったことなのかもしれないけど、なんかどうしていいかわからない博士学生の人はいったんお休みして、就職してみるのもいいと思う。違う世界に行くと、いろいろ違って面白いし、いままでの自分を客観視できるし、良いことは多いと思うな。

 最後に自分の好きな本を1つ紹介する。

 「勉強の哲学: 来たるべきバカのために/千葉雅也/2017」

この本は何を書いているかというと

 人はいまいる世界が心地よい。だけど違う世界に行くために勉強をする。そうするとだんだんいまいる世界が心地よくなくなる。かといって行きたい世界もまだ心地よくない。世界と世界のはざまに入る。そこから勉強を進めれば行きたかった違う世界に入る。簡単に言うとこんな感じ。筆者は”ノリが合わなくなる”と表現していた。

 勉強をすると、いま周りにいる人たちが疎遠になっていって、疎遠だった人と仲良くなったりする。そういう誰もが何かしら感じたことある現象について解説している。

 個人的にはめちゃくちゃ腑に落ちて、それから周りにいる人が変わっていくことを恐れなくなった。自分が世界を変えていくときもそうだし、友達が世界を変えるときに自然に起こる現象であって、決して自分が悪いとか良いとかそういうことではないと思えるようになっただけで、自分の気持ちにしたがってやりたいことできるようになった。

 博士学生も大学院に長くいるから、そこにいること自体に心地よさを感じてると思うんだけど、就職して研究と全く違う世界に行ってみても面白いよってこと。その途中は研究畑の人たちと疎遠になるかもだけど、またその分だけ違う世界の人たちと仲良くなるし、恐れずに”世界”を渡り歩く渡来人になってほしいなと思う。

 自分は次にどの世界にいくか、妄想してるだけで楽しいよ。

 

 

 

 

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